新型コロナ感染症における東大病院の挑戦~感染症対策最前線からの報告~(後編)
東京大学医学部附属病院は、研究や教育はもちろん診療面においても日本最高峰の取り組みを行ってきている。また、新型コロナ感染症(COVID-19)の対策においても、いち早く都内でも最多の重症患者を受け入れ、日本のCOVID-19診療をリードしてきた。
FeliMedix(フェリメディックス)株式会社の創業者で、現在は医療顧問の小野正文教授が、COVID-19診療で東大病院の司令塔として活躍して来られた東京大学名誉教授の森屋恭爾教授に「COVID-19診療における東大の挑戦と取り組み、そして世界に向けた東大病院の取り組み」についてお話を伺いました。
紹介
- 氏名:森屋恭爾(もりや きょうじ)
- 東京大学名誉教授(医学博士)
- 東京大学医学部感染制御学 前教授
- 東京大学保健・健康推進本部 特任研究員
- 1989年 東京大学医学部医学科卒業
- 1999年 東京大学医学部附属病院消化器内科助手
- 2001年 東京大学医学部附属病院臨床検査部講師
- 2002年 東京大学医学部附属病院感染制御部講師
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
/東京大学医学部附属病院感染制御部部長
/感染対策センターセンター長
- 氏名:小野正文(おの まさふみ)
- 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授(医学博士)
- 東京女子医科大学附属足立医療センター内科 非常勤講師
- FeliMedix株式会社創業者・医療顧問
- 1990年 高知医科大学医学部医学科卒業
- 1998年 高知医科大学医学部第一内科助手
- 2000年 ベーラー医科大学感染症内科(米国)リサーチフェロー
- 2001年 ジョンズホプキンス大学消化器内科(米国)リサーチフェロー
- 2015年 高知大学医学部附属病院 准教授
- 2019年 東京女子医科大学東医療センター内科 准教授
- 2021年 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授
目次
①東大病院の取り組みについて
②専門医養成における大学病院の役割について
③患者さんにとっての高度医療・専門医療の重要性について
東大病院の取り組みについて
小野先生:
東大病院は、研究だけでなく診療においても日本トップレベルの医師や職員を育てる取り組みをなさっていると思いますが、東大ならではの病院の仕組みや教育の取り組みがあれば、お教えください。
森屋先生:
東大病院で充実しているのはeラーニングによる教育だと思います。今ではどこの施設もされていると思いますが、eラーニングのソフトの充実は素晴らしいと思います。例えば、感染対策という観点でもソフトを作るわけですけど、毎年数少ない問題で内容理解できるよう問題を作成変更しています。作成するのが大変ですが、医師の方向け、看護師さんや薬剤師さん向け、事務の方も含め一般の方向けという3段階ぐらいに分けて、その職種に応じたeラーニングの内容を毎年ブラッシュアップしていくことが非常に大切だと思います。シミュレーションの機械を使用した教育もどこのご施設でも同じく実施されていると思います。もっと革新的な教育があるのかもしれません。しかし、個人的には最低限の知識と実技、この選択が大変ですが、をできるだけわかりやすく身に着けられるソフトが各分野の職種に準備することが重要です。安全や感染、医療情報の管理など、非常に数が多いですが、1つ1つはなるべく負担にならないように工夫して試験や実技を準備し、全職員に対し毎年ブラッシュアップされたeラーニングや実習が行われていることが重要だと思います。
専門医養成における大学病院の役割について
小野先生:
近年、大学病院などの高度医療を担う人材が減少傾向ですが、これまで東京大学で感染症内科の医局を主宰してこられたご経験から、専門医養成の重要性やこれからの大学の役割についてお聞かせください。
森屋先生:
内科医師を希望する方がどんどん減少しているなかで、内科専門医制度の見直しが行われています。、やはり専門医は必要だと思います。例えば、肝障害の患者さんを診察しても、B型肝炎やC型肝炎ウイルス感染を調べるだけではなくて、患者さんの家族の状態を聞きながら、脂肪肝の所見から代謝異常の遺伝的要因が含まれているのえはないかといった考察が、きちんとできることが必要です。そのための経験を積んでいくためには、できれば一定の人数や診療科がある病院で専門医になろうという意志のもと一定期間経験を積んでいくことが望ましいのではないかと考えます。大学病院でなければ、というわけではなく、自分の研修、また教育の場としてメリットがより大きいという意味です。
たとえば大学病院は、そういった専門医を目指す医師を育てる場でもあり、各地域の中核で率先する病院ですから、そこが臨床と教育の中心になる必要があると思います。内科だけではなく外科や放射線科、病理の先生など、他のすべての診療科の先生がいらっしゃいますから、例えば自分だけではよくわからない皮膚病変や臨床例でも多くの診療科の先生に診てもらうと、これは癌に関連する病変だ、という話もできます。またその経験を次の患者さんに結びつけられる、また多くの先生方と共有できるという点では、やはり大学病院などのある程度大きい病院で、自分が専門としたい疾患に関する専門性を広めかつ、深めていくことは大切だと思います。
ただし個々の医師が望む医師像も違いますし、特定専門領域にこだわらないなどの考えもあり、多くの患者さんの中で幅広く貢献していくというのが自分の実力を発揮できる人もいると思います。しかしやはり一定の人数は専門医としてそれぞれの分野で学び、経験を積んでいってもらいたいと思います。その人たちがいないと、大学病院とか総合病院は成立しなくなりますから。今の専門医制度のなかで、若い人たちが資格を獲得していくのは大変なのは我々も感じていますが、是非とも若い人たちにはやはり専門医、好きなものに関しては専門の資格を取得することを考えていただきたいなと思います。
患者さんにとっての高度医療・専門医療の重要性について
小野先生:
患者さんが大学病院などで高度医療・専門医療を受ける有用性や重要性についてお聞かせください。もちろん、近くのお医者さんのようなプライマリーケア(※)のところで受診するというのも重要ですが、その上で高度医療というのはどのような位置づけと言いますか、その重要性という点についてどのようにお考えでしょうか。
※プライマリーケア:病気や怪我をしたとき最初に受ける医療のこと。初期診療とも言う。
森屋先生:
先ほどの専門医の話にも結びつきますが、その分野で色々研究し経験が多くなると、その一例一例の患者さんにとって、より負担が軽くて最適な治療が選択できる可能性が高まると思います。例えば、どんなにAIが発達しても経験数のデータがAI に組み入れできないと、AIの判断も最終的には正しいものに結び付けられないですよね。一般的には治療が非常に難しい、あるいは診断が難しい、そういった症例を繰り返していくと有意義な情報も多くなると思います。もちろんプライマリーケアも非常に大切です。比較するわけではないですが、高度医療とか専門医療をきちんと進めていくことも必要だと思います。ただ、医療を行うには責任の大きさも伴います。
特に、我々の専門である肝炎ウイルス、肝がん、NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患/ナッフルディー)、MAFLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患/マッフルディー)の分野では、日本は症例経験数も多いですし研究の点でも非常に高いレベルといえます。したがってこの分野における先進医療とか高度医療に関して言えば、アジアを中心とした地域、それから世界的にも貢献できる分野だと思います。つまり、我々のやってきた仕事の中で肝臓疾患 消化器に関する高度専門医療といわれる部分は、日本の中で技術、知識を磨きながら海外にも送り出していくことによって、より多くの患者さんに対して良い結果をもたらすのではないかと個人的には考えています。
小野先生:
本日はお忙しいところを東大病院でのコロナ感染の早期からの対策とご苦労された点、肝炎ウイルスに関する最先端の診療や研究、さらには東大病院における多剤耐性菌への対策など、多岐に渡りお話下さり興味深く拝聴させて頂きました。
弊社では今後も東京大学と連携させて頂きながら、患者さまのために高度専門医療のお手伝いが出来るよう「BeMEC(ビーメック)名医紹介サービス」の充実を図っていきたいと考えております。
本日はありがとうございました。
新型コロナ感染症における東大病院の挑戦~感染症対策最前線からの報告~(前編)
東京大学医学部附属病院は、研究や教育はもちろん診療面においても日本最高峰の取り組みを行ってきている。また、新型コロナ感染症(COVID-19)の対策においても、いち早く都内でも最多の重症患者を受け入れ、日本のCOVID-19診療をリードしてきた。
FeliMedix(フェリメディックス)株式会社の創業者で、現在は医療顧問の小野正文教授が、COVID-19診療で東大病院の司令塔として活躍して来られた東京大学名誉教授の森屋恭爾教授に「COVID-19診療における東大の挑戦と取り組み、そして世界に向けた東大病院の取り組み」についてお話を伺いました。
紹介
- 氏名:森屋恭爾(もりや きょうじ)
- 東京大学名誉教授(医学博士)
- 東京大学医学部感染制御学 前教授
- 東京大学保健・健康推進本部 特任研究員
- 1989年 東京大学医学部医学科卒業
- 1999年 東京大学医学部附属病院消化器内科助手
- 2001年 東京大学医学部附属病院臨床検査部講師
- 2002年 東京大学医学部附属病院感染制御部講師
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
/東京大学医学部附属病院感染制御部部長
/感染対策センターセンター長
- 氏名:小野正文(おの まさふみ)
- 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授(医学博士)
- 東京女子医科大学附属足立医療センター内科 非常勤講師
- FeliMedix株式会社創業者・医療顧問
- 1990年 高知医科大学医学部医学科卒業
- 1998年 高知医科大学医学部第一内科助手
- 2000年 ベーラー医科大学感染症内科(米国)リサーチフェロー
- 2001年 ジョンズホプキンス大学消化器内科(米国)リサーチフェロー
- 2015年 高知大学医学部附属病院 准教授
- 2019年 東京女子医科大学東医療センター内科 准教授
- 2021年 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授
目次
①東大病院における新型コロナ感染症(COVID-19)の対策について
②肝炎ウイルス診療と研究について
③東京大学感染症内科教室の取り組みについて
東大病院における新型コロナ感染症(COVID-19)の対策について
小野先生:
森屋先生は、東大病院において新型コロナ感染症対策を主導してこられたと思いますが、ご苦労された点や対策の重要な点についてお聞かせください。
森屋先生:
私は、この3月まで東大病院の感染制御の責任者をしておりました。このため、去年の夏までのデルタ株、続いて春までのオミクロン株に関してのお話がメインになります。
今回ポイントとなるのは、新型コロナウイルスは発症する2日前からウイルスがたくさん体の外へ排出されますので、症状がないと安心して感染対策を行わないと簡単に他の方に感染を引き起こすという、非常に院内感染を起こしやすい感染症だということです。また当院では2020年1月に、濃厚接触の方が来院されているのですが、その頃から救急外来に旅行者の外国人の方がたくさん来院されていました。当初、入院患者さんに関しては肺炎を疑ったり、救急車で見えた方には全例胸部CTを撮って、その結果肺炎を疑うような症例の場合、PCR検査(以下PCR)の結果が出るまでは、できる限り個室でコロナ対応をするという感染対策をとっていました。
そのような状況下でPCR検査陽性を入院患者で確認したのは3月だったと思います。その方は救急車来院であり濃厚接触者であるかは不明でした。来院時画像などの検査でも肺塞栓ということで明らかな肺炎は認めず入院された方です。静脈血栓がメインでしたから比較的安心していたのですが、2日目以降に提出したPCRの結果が陽性で、血栓と新型コロナ感染の関連を臨床で始めて経験しました。
また、基礎疾患があって入院された若い方でしたが、順調に回復されていた中で、退院する前日に突然一気に酸素飽和度が下がったため緊急CTを実施したところ、肺動静脈などに血栓をあらたに認めたということもありました。
外国では新型コロナ感染で血栓が出来ることは報告されていたのですが、肺炎に注意がむかい国内ではまだ血栓に関する報告があまりなかったため、その後心筋梗塞や脳梗塞などの血栓の可能性がある救急症例では、常に新型コロナウイルス感染を疑い対応に追われました。
小野先生:
コロナ感染での大きな問題点や対応で難しい点は何ですか?
森屋先生:
この感染症の1番の問題点は、なかなか診断即対応というわけにはいかず、診断をつけるまでに時間がかかることです。初回でPCRをやっても感度の点から言うとくぐり抜けることはありますし、当日陰性でも翌日陽性ということがあります。当初PCR陰性ということで安心して感染対策を緩めると、あっという間に院内感染拡大を引き起こしてしまうというところです。院内感染を防ぐことは簡単ではなく、また院内感染が起きることが1番心配でした。特に、当院は移植の患者さんや、重症の抗がん剤治療をされている方がたくさんいらっしゃいますから、そこで院内感染が起きるととんでもない事態を引き起こすことになります。また三次救急も断ることになり救急医療も破綻することになります。
当院では2020年相当早めにPCRを実施していましたが、入院時に即日1回目、陰性でも肺炎を疑われる場合には翌日PCR、といったように何回でもPCRをやるよう医師や看護師の方に伝えていました。それから個室管理も勝手にPCR結果を解釈し緩めないようにと指示していましたので、対応している看護師さんたちは相当大変だったと思います。でもそのおかげで、このオミクロンが広がるまで当院では院内感染はほぼ0という状態が続いていました。
当院は新型コロナ感染症においても重症患者を中心に対応する体制でした。したがって重症の方を多く診ることによって先ほどの血栓ができるような事例にも早期に遭遇しました。また2年間に渡って患者さんを診察してきましたが、当時から入院時軽症と判定されても、実際には軽症とは言えない病気です。やはり極めて激しい咳で、また高熱や下痢を認めました。我々が最初、診察した武漢濃厚接触者の方は若い方でしたが、激しい咳や下痢の症状でこれは60歳以上だとまず耐えられないと感じたぐらいでした。ワクチンや治療薬がない時期はやはり大変でしたね。東大病院は都内でも一番を争う数多くの重症新型コロナ患者を受け入れ、日常診療継続、夜間救急も休みなく継続したことからスタッフの負担は大きいモノでした。
その後、ワクチンが広がり治療も進む中で、オミクロン株が拡大していきました。ワクチンによって抗体や細胞性免疫が誘導され重症化を防げるようになりました。しかし感染を防ぐという点ではある程度の期間が経つとワクチン効果も弱まります。今回、オミクロン株が拡大するにつれもう一つ問題だったのは、医療スタッフが家族内で感染すると診療にはタッチできませんから、医師、看護師、検査技師の方、薬剤師の方、それを支える事務の方、清掃業者の方も含めてかなりの勢いで医療スタッフの数が減ってしまうということです。その少ない人数をやりくりして病棟を運営することが現場では大変でした。今は患者さんもワクチンを打っている方が増えた結果、軽症の方も増えました。院内では必ずマスクを着けるようお願いをしていても、だんだんと「大丈夫なんじゃないか」ということで勝手にマスクを外される患者さんも見受けるようになってきて感染対策が大変になりつつあったところです。オミクロン株は、以前のように重症化することは少ないですが、一方感染者数が極めて拡大しているので、各病院も大変ご苦労されていると思います。
肝炎ウイルス診療と研究について
小野先生:
森屋先生のご専門は感染症の中でも特に肝炎ウイルスだと思いますが、先生およびご教室として取り組んでこられた肝炎ウイルスに関する診療や研究内容についてもお聞かせください。
森屋先生:
小野先生も私もC型肝炎やB型肝炎の治療に携わってきました。B型肝炎ですとインターフェロン、逆転写酵素阻害薬など抗ウイルス剤への時代があり、C型肝炎も強力ミノファーゲンCの注射や瀉血、そしてインターフェロン注射を行っていた時代を経て、DAA(内服抗ウイルス薬)治療に移行しました。短期間で治療の局面は大きく変わったと思います。我々としては、少しでも早く新しい治療法や治療に結びつく薬剤を見つけたい、との思いで研究してきましたし、患者さんのために少しでも早く癌を見つける、線維化を遅らせるという目標を達成しようと努力してきました。これは小野先生をはじめ肝臓学会の仲間と、長年一緒に協力してきたことです。またこのように、診療については多くの先生方とも協力して進めて来ました。
私のC型肝炎の研究に関しては、トランスジェニックマウス(HCV core 蛋白遺伝子を組み込んだマウス)で発癌の病態を解析しながら、それが治療にどう結び付けられるのかを研究してきましたが、その中でも特にC型肝炎と糖尿病は関連が深いことを示してきました。C型肝炎患者さんの場合、糖尿病や肝臓の脂質代謝の変化はC型肝炎ウイルスそのものが原因で起こること、そして発癌のリスクになることがわかってきました。また、小野先生がこの分野の日本人研究者代表の一人でいらっしゃるNASH(非アルコール性脂肪肝炎/ナッシュ)は、ウイルスがいなくても脂肪肝、そして代謝性の異常のもと肝細胞癌を引き起こします。NASH患者さんがどんどん増えている中で、我々としてもウイルス肝炎とあわせてNASH患者さんを早いうちに拾い上げることができないかと考えています。さらに、MAFLD(代謝異常関連脂肪性肝疾患/マッフルディー)といった新しい概念の中での脂肪肝をより早くから拾い上げて治療に結びつけるような研究を続けていきたいと思っています。
小野先生:
肝疾患治療における国際貢献についてはいかがですか?
森屋先生:
もう1つは、B型肝炎、C型肝炎において日本は非常に意識も高くて治療が進んでいますが、東南アジアや世界的な地域によってはまだ完全にコントロールできていない状況があります。また、肝細胞癌に関していいますと、日本でしたらいろんな治療がありますよね。各種分子標的薬などの抗がん剤治療やラジオ波焼灼療法、肝動脈化学塞栓療法(TACE)、肝切除や肝移植など、色々なテクニックがあります。そういうノウハウを日本は持っているわけで、それを国際的に多くの患者さんに使っていただく、日本における知識と技術を東南アジアや世界への貢献に結びつけていけたらなと思っていますし、また日本としても国際貢献という観点から考えれば、非常に大きい分野だと思います。
東京大学感染症内科教室の取り組みについて
小野先生:
東大感染症内科の教室での取り組みということで、先ほどコロナのことについてお伺いしましたけれども、コロナ感染症以外で診療体制や研究についての最近の話題をお聞かせいただけますでしょうか。
森屋先生:
ここ10年、20年考えてみますと、RNAウイルスの世界的な流行が問題になっています。例えば、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、デング熱、鳥インフルエンザ、みんなRNAウイルスです。それぞれの病態の研究、また東大病院ではデング熱などの患者さんも入院されますのでそういう中で臨床経験を積みながら、それに対する薬剤や治療などについての検討をそれぞれ研究員が行っています。
もう1つの感染症の柱が多剤耐性菌です。今は抗菌薬の「薬剤耐性対策アクションプラン」といって、耐性菌を増やさないために抗菌薬の適正使用を進めようといろんな病院で抗菌薬使用量の目標が設定されています。G7の伊勢志摩サミットの時にもG7の目標として抗菌薬の適正使用をすすめ多剤耐性菌の拡大を抑制していくという話が出ているように、耐性菌は世界中で大きな問題になっています。耐性菌の浸透度というか、どの程度汚染されているかという問題でいうと、東南アジアなどの多くの国では、各種耐性菌が非常に広がっている状況がある一方、日本は多剤耐性菌の浸透が比較的低い国なんです。ですから、日本では耐性菌の検出が少ないことから抗菌薬治療が困難ではないと考えて日常臨床に携わっている医療者は多いと思います。
コロナ感染症が拡大するまでは、院内での多剤耐性菌をどう減らして、患者さんの間での感染を防いで、どうコントロールするかが主でした。患者さんが感染によって、生命、安全が脅かされる、あるいは抗菌薬を使うことによって入院期間が長くなってしまい、また次に入院する人のタイミングが遅れて生命の危険も生じさらに医療経済ダメージをもたらすという点でも、多剤耐性菌という問題は実は大きい問題なのです。当院では、きちんと毎日検出耐性菌を病院全体でモニターし感染対策を行い、毎年検出数をかなり減らしてきています。東大病院は、Newsweekの世界の病院ランキングで世界16位、アジアで1位を争うといった高い評価をいただいております。このランキングにおいて病院全体の感染対策活動も指標の一つのようで耐性菌に関して言うと、東大病院は日本国中で非常に管理が行き届いている病院の一つで、医療関連感染いわゆる院内感染についてのデータ的にも頑張っている方ではないかと思います。日本が世界的に見ても非常に進んでいる肝細胞癌や消化器系の癌治療において、感染などのトラブルがあると信用を失いますから、そういう感染管理という点でも日本の良さをアピールすることも必要ですし、海外にもアピールできるように各施設が技量を高めていくのは良いことかなと思います。
最後に細菌の研究で言うと、腸内細菌研究の世界的権威である慶応大学医学部微生物学教室の本田賢也教授に胆汁酸との関連という視点で腸内細菌を調べてみませんかと声をかけたんです。実は100歳以上の長寿者の腸内細菌の中には、抗菌活性、つまり抗菌剤のような働きをする胆汁酸が特異的に多いことを発見しています。(Nature誌に掲載)ヒトにおける健康長寿の秘訣の理由はこれだけではないと思いますが、こういった感染症に対する自分院備わった予防・治療という理由もあるかもしれないということですね。
後半に続く
病院は「人」がベース。トップ名医が高度医療を施す重要性を伝えたい 〜順天堂大学病院の取り組み(後編)〜
順天堂大学病院では、診療面のみならず研究・医学教育や国際交流などを通じて幅広い活動を行っており、最高・最良の医療を提供しつつ、最新の研究を展開出来るように取り組んでいる。また、国際的な視野を生かして、分子病態の深い理解に根差したハイエンドの診療を常に目指している。
FeliMedix(フェリメディックス)株式会社の創業者で、現在は医療顧問の小野正文教授(香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座)が、順天堂大学病院の渡辺純夫特任教授に、「名医が高度医療を施す重要性」についてお話を伺いました。
紹介
- 氏名:渡辺純夫(わたなべ すみお)
- 順天堂大学医学部消化器内科特任教授・名誉教授
- 1976年3月 順天堂大学医学部卒業
- 1980年7月 順天堂大学医学部消化器内科助手
- 1981年9月 カナダ・トロント大学病理学教室(トロント小児病院)研究員
- 1995年7月 順天堂大学消化器内科助教授
- 1999年2月 秋田大学第一内科教授
- 2006年9月 順天堂大学医学部消化器内科主任教授
- 2017年4月 現職
主な著書
左から、「順天堂医院のおいしい肝臓病レシピ」「今すぐできる!肝機能を上げる40のルール(健康図解シリーズ)」「肝臓病 治る時代の基礎知識 (岩波新書)」
- 氏名:小野正文(おの まさふみ)
- 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授(医学博士)
- 東京女子医科大学附属足立医療センター内科 非常勤講師
- FeliMedix株式会社創業者・医療顧問
- 1990年 高知医科大学医学部医学科卒業
- 1998年 高知医科大学医学部第一内科助手
- 2000年 ベーラー医科大学感染症内科(米国)リサーチフェロー
- 2001年 ジョンズホプキンス大学消化器内科(米国)リサーチフェロー
- 2015年 高知大学医学部附属病院 准教授
- 2019年 東京女子医科大学東医療センター内科 准教授
- 2021年4月 現職
渡辺先生が肝疾患の専門医になろうと思われたきっかけ
小野教授:
渡辺先生が肝疾患の専門医になろうと思われた(もしくは肝疾患に興味を持つ)きっかけなどがあればお教えください。
渡辺教授:
1976年に順天堂大学を卒業後、研修医になり、越谷私立病院に派遣され、3ヶ月間の研修を受けました。点滴の仕方や注射の仕方を教えてくれた指導医の先生がいらっしゃったのですが、その先生が肝臓のスペシャリストでした。私が肝疾患の専門医になったのは先生の影響が大きいと思います。また、最初に担当した患者さんがB型肝炎の患者さんでした。B型肝炎が非常に怖い病気で、なぜがんになるのかということをしっかりと勉強したいと考えたのも、肝臓に興味を持ったきっかけです。
また、カナダにあるトロント大学の病理学教室に3年留学した経験があります。そこでは肝臓の病理について勉強し、肝臓の細胞を分離して実験を行っていました。どうやって胆汁ができて、それがうまく流れないときになぜ黄疸ができるかというメカニズムを研究していました。カナダに留学した3年間で良い成果を出すことができたことは、今でも肝臓の専門医を続けている要因の一つかもしれません。
研究活動の先進医療への好影響について
小野教授:
渡辺先生はこれまで脂肪肝をはじめ肝臓を中心にご研究をなさって来られましたが、先端・先進医療を担う専門医にとって、研究活動をすることの重要性や及ぼす好影響について、お考えをお聞かせください。
渡辺教授:
臨床医であっても、基礎的な研究をして病態生理を深く理解することは非常に重要です。基礎的な研究をした上で治療に結びつけるというのが臨床医として理想的な姿だと考えています。順天堂大学としても”フィジシャン・サイエンティスト”を目指そうということを掲げています。”フィジシャン・サイエンティスト”とは、研究者の目を持つ臨床医ということです。病気がどうして治るのかというメカニズムを知ることは非常に重要となります。基礎的な研究は華々しいものではなく、地味なことも多いのが現実です。
しかし、基礎的な研究を続けることで将来の臨床的なセンスも付加されていきます。物事を論理的に考えられるようになるので、若手の医師には基礎的な研究に携わる期間はぜひ作ってほしいと考えています。
現在の我が国の医療の問題点や今後の医療改革について
小野教授:
我が国の医療の問題点や今後どのように改善していくべきか、について先生のご意見をお聞かせください。
渡辺教授:
戦後にできた日本の医療制度は危機を迎えていると思っています。人口構成も変わり、年間医療費が約40兆円を超えていますし、現在の医療システムをバージョンアップしないといけない時期にきているのかなと感じています。
高額な薬が出来てから、さらにその気持ちが強くなりました。高額な薬の出現によって、一人を治療するのにかかる金額が爆発的に上がりました。毎年多くのがん患者さんがいるなかで、高額な薬での治療を続けていくと国の財政が持たないのではないかと考えています。
また、世の中では働き方改革が進んでいますが、医療の世界では働き方改革が全く進んでいないのが現状です。医者が使命感だけで医療界を回していくのはもう限界にきているのではないかと思います。医者の数を増やすということも含めて、広い視点から改善していく必要があると考えています。
小野教授:
本日は大変お忙しいところを弊社までお越し頂き、順天堂大学病院の先進的な取り組みから高度専門医療の重要性、消化器・肝疾患のトピックス、研究活動の重要性や我が国の医療の問題点など多岐にわたる有益なお話をお聞かせ頂きありがとうございました。また、渡辺先生が肝疾患をご専門になさった経緯などについても興味深く拝聴させて頂きました。
弊社では今後も順天堂大学病院と連携させて頂きながら、患者さまのために高度専門医療のお手伝いが出来るよう「BeMEC(ビーメック)」サービスの充実を図っていきたいと考えております。
本日はありがとうございました。
病院は「人」がベース。トップ名医が高度医療を施す重要性を伝えたい 〜順天堂大学病院の取り組み(前編)〜
順天堂大学病院では、診療面のみならず研究・医学教育や国際交流などを通じて幅広い活動を行っており、最高・最良の医療を提供しつつ、最新の研究を展開出来るように取り組んでいる。また、国際的な視野を生かして、分子病態の深い理解に根差したハイエンドの診療を常に目指している。
FeliMedix(フェリメディックス)株式会社の創業者で、現在は医療顧問の小野正文教授(香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座)が、順天堂大学病院の渡辺純夫特任教授に、「名医が高度医療を施す重要性」についてお話を伺いました。
紹介
- 氏名:渡辺純夫(わたなべ すみお)
- 順天堂大学医学部消化器内科特任教授・名誉教授
- 1976年3月 順天堂大学医学部卒業
- 1980年7月 順天堂大学医学部消化器内科助手
- 1981年9月 カナダ・トロント大学病理学教室(トロント小児病院)研究員
- 1995年7月 順天堂大学消化器内科助教授
- 1999年2月 秋田大学第一内科教授
- 2006年9月 順天堂大学医学部消化器内科主任教授
- 2017年4月 現職
主な著書
左から、
「順天堂医院のおいしい肝臓病レシピ」
「今すぐできる!肝機能を上げる40のルール(健康図解シリーズ)」
「肝臓病 治る時代の基礎知識 (岩波新書)」
- 氏名:小野正文(おの まさふみ)
- 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授(医学博士)
- 東京女子医科大学附属足立医療センター内科 非常勤講師
- FeliMedix株式会社創業者・医療顧問
- 1990年 高知医科大学医学部医学科卒業
- 1998年 高知医科大学医学部第一内科助手
- 2000年 ベーラー医科大学感染症内科(米国)リサーチフェロー
- 2001年 ジョンズホプキンス大学消化器内科(米国)リサーチフェロー
- 2015年 高知大学医学部附属病院 准教授
- 2019年 東京女子医科大学東医療センター内科 准教授
- 2021年4月 現職
お二人の関係性について
小野教授:
渡辺教授は、私と同様に肝疾患、特に脂肪肝に関する診療・研究を専門とされており、この分野の第一人者です。また、渡辺教授は日本消化器病学会の脂肪肝に関する診療ガイドライン(NAFLD/NASH診療ガイドライン)の作成委員長をなさり、私も作成委員であったことなどから、これまで様々な事柄でご指導頂いてきました。
渡辺教授:
ガイドラインを作る際に全国から20人くらい優秀な医師を集めました。そのうちの一人として小野先生にもメンバーに加わってもらいました。
順天堂大学の特徴的で先進的な取り組みについて
小野教授:
順天堂大学病院では多くの名医の先生方が教授として在籍されており、先進的な取り組みがなされていると思います。順天堂大学病院独自の診療に関する先進的な取り組みについてお聞かせ下さい。
渡辺教授:
スタッフに有能な人材がいないと病院は機能しません。病院は”人”がベースとなりますので、良い人材をリクルートしていくことは非常に重要だと考えています。
国立大学と比べて、私立である順天堂大学は医師の定員数も厳しく決められているわけではなく、積極的に人材をリクルートできる環境です。優秀な人材をいかにリクルーティングできるのかということが、将来の順天堂大学のキーになってきます。今までも先進医療に精通しているスペシャリストを、外部から順天堂大学にお呼びして一緒に仕事ができる環境を作り上げてきました。人をリクルートするときに「三無主義」というものを意識しています。「国籍関係なし」、「男女関係なし」、「学閥関係なし」、ということです。
リクルート活動だけでなく、順天堂大学のなかの人材をスペシャリストとして育成することにも力を入れています。最近では、「低侵襲外科」といって、なるべく「切る・貼る」をせずに胸腔鏡や腹腔鏡で手術をおこなうのが主流になってきています。胸腔鏡や腹腔鏡でやると機能回復が早く、患者さんが早く退院できます。また、後遺症などが残らないというメリットがあります。肝癌の治療については、手術をして肝がんを取り除くという手法は今でも活発に行われています。しかし、最近ではラジオ波焼灼療法(RFA)と呼ばれる肝臓に針を刺して電気でがんを焼く方法があります。その最先端の治療法を実践していた先生を順天堂大学に教授として来てもらい、治療を行うということもしています。
スペシャリストを自前で育成すると同時に、他の場所からリクルートしてくることをやっていきたいと考えています。将来的に順天堂大学、そして日本の医療を支えていくような人材を広く求めています。
順天堂大学の外来は非常に活発で、1日5,000人ほどの患者さんが来院されます。消化器内科だけでも400人ほどの患者さんが毎日受診しています。膨大な数の患者さんをいかに効率的に診察していくのかというのは大きな課題です。新患の患者さんが地域のクリニックなどから紹介される場合、”地域医療連携室”という受付を経由することで事前に診察登録が出来ており、効率的に診察を受けられるシステムがあります。患者さんも待ち時間なく、当日の朝に病院に行ったらすぐに診察が受けられるようになっています。待ち時間を短くできるシステムなので、患者さんにとっても非常に優れたシステムです。
そのほかにも、”予約診察室”というものがあります。診療とは別料金にはなりますが待ち時間をゼロにしたいという人に対して、予約料として追加料金をお支払いいただくことで待ち時間を少なく診察が受けられるというものです。このシステムは順天堂大学がいち早く導入したシステムです。
診察は早く終わったけど、会計や薬の受け取りに時間がかかるという問題もあります。その問題を解決するために、院内で会計をするのではなく、クレジットカードで後日引き落とすようなシステムもあります。また、薬の受け取りに関しても再診の人であれば自宅まで宅配するという仕組みもありますね。患者さんの負担を減らしてあげたいという想いから色々な取り組みを行っています。
患者さんが「高度・専門医療」を受ける重要性について
小野教授:
FeliMedix(フェリメディックス)株式会社では、患者さんに日本トップ名医の先生方をご紹介し、「高度・専門医療」による治療を受けて頂く「BeMEC(ビーメック)」というサービスを行っております。患者さんが「高度・専門医療」を受ける重要性や必要性などについて、先生のお考えをお聞かせ頂けないでしょうか。
渡辺教授:
胃がんの治療をするにしても、病院によって得意分野が異なります。お腹を切ることが得意な病院もあれば、腹腔鏡でやるのが得意な病院もあります。我々としては、より先進的な方法で、より確実に、より安全に治療が受けられる施設を紹介して治療を受けてほしいという気持ちがあります。その人の要望にあった最適な病院を紹介して治療を受けていただくというのが重要だと思います。
FeliMedix(フェリメディックス)が提供する「BeMEC(ビーメック)」サービスを活用して、適切な病院を紹介してもらうというのは大きなメリットがあるのではないかと思っています。しっかりとした知識や見識がある人が病院を紹介するというのは非常に良いシステムだと感じています。
FeliMedix(フェリメディックス)が提供している「BeMEC(ビーメック)」サービスは、人口が多い都市部では特に需要が高いのではないかと考えています。さまざまなチャンネルから高度な医療にアクセスできるようになることは、日本の医療界にとっても非常に良いことだと思います。
消化器疾患、肝疾患のトピックスについて
小野教授:
渡辺先生のご専門の消化器疾患、肝疾患における最近の話題(トピックス)や最新の治療法についてお聞かせください。
渡辺教授:
最近話題性があるのは、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎およびクローン病)についてです。よく原因がわかっていませんが、炎症性腸疾患の症例が増えてきています。将来的にはさらにいい薬が出てきてコントロールできるようになるかもしれないということで注目しています。個人的には腸内細菌が関係してくるだろうと考えています。その関係で、「糞便移植」というものがあります。大腸炎を起こしている人に健康な人の糞便を移植すると症状が治まるということが言われており、当院でもいろんな症例を増やして検証しています。
肝臓に関しては、この5年〜10年で病相が一変しました。C型肝炎というウイルス性の肝炎が第一のテーマでしたが、C型肝炎のウイルスの増殖を止める薬が色々出てきて、いくつか組み合わせることで98%ほど治ってしまう状況に変化しました。昔は1年も2年もかけていた治療が、数ヶ月間飲み薬を服用するだけで治ってしまうという時代になったのです。
そのほかにB型肝炎のトピックスとして、ウイルスの増殖は抑えられるようになりました。ただ、なかなかウイルスを完全に肝臓から駆逐することが難しいため、B型肝炎のウイルスを完全に除去できる薬が早く出てくればいいなと願っています。
半年前に改訂した脂肪肝のガイドライン(NAFLD/NASH診療ガイドライン)を発表しましたが、脂肪肝には特効薬的な治療薬はまだありません。糖尿病に使っている薬が脂肪肝をよくするっていう話は出てきていますが、糖尿病のない人はどうすればいいのかという問題は解消されていません。脂肪肝に対する特効薬が出てくることにも期待しています。
(こちらは記事の前編です。後編は3月3日に公開予定です。)
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